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『ホコリと幻想』
あの日、口をついて出たのは、嘘ではなく、夢だった。

――それは、孤独感を常に抱いている男。信頼という絆にすがりつく男。欲望に取り憑かれ逃避した男。そしてそれを席巻する女。――さまざまな人間模様が交差し歯車が擦れあい、誇りと幻想(愛、または埃のように吹き飛ばされる誇り)を模索する北海道の旭川を舞台にした物語。

主人公の「孤独な男」松野を演じるのは北海道を中心に全国で幅広く活動を続けている演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーで舞台のみならず映画、テレビドラマでも活躍している戸次重幸。「孤独な男」を翻弄させる美希役には女優、モデル、クリエーターとマルチな活躍を見せている美波。さらに遠藤要、内田朝陽、奥山佳恵、本田博太郎ら個性派、実力派の演技陣が脇を固めている。

「俺は成功者」、「夢を叶えた」と自ら虚しく言い聞かせる負け犬となった男が夢、挫折、絶望、狂気、救い、底力を経て再生へと向かう様がちょっぴりビターな感動を呼び起こす。

ホコリと幻想

普段は医療機器会社のサラリーマンをしながら創作活動を続けているという異色の経歴を持つ鈴木聖史監督がメガホンを取り、2010年の『ある夜のできごと』以来の待望の2作目となる。

今回は、そんな異色の経歴を持つ鈴木聖史(すずきさとし:以下、監督)監督と、前作「ある夜のできごと」主演、また今作「ホコリと幻想」企画プロデューサーである秦秀明(はたひであき:以下、秦)をお迎えして新作「ホコリと幻想」の誕生までを語っていただきました。

対談①

――今回は、「ホコリと幻想」誕生から制作までの話をお伺いしたいと思っているのですが、今作品の企画がスタートするきっかけは何だったのですか?

監督「きっかけというか、前作「ある夜のできごと」の特別上映会をしたことがありまして。地元の旭川で」
「3年くらい前ですかね」
監督「2012年の9月ですね。高校の同級生が中心となって、本当に手作りで特別上映会を開いてくれたんです」
「あれは本当に凄かったですね。一日で250人くらいが集まって、DVDも100枚…でしたっけ?」
監督「いや、100枚までは行かなかったと思うけど(笑)とにかく、すごく盛り上がったんですよね」

――同級生による特別上映会ですか。それは凄いですね。

監督「凄かったです。予想以上でした。あのときの光景を思い出すと、今も胸が熱くなります」
「私は会場に駆けつけられなかったのですが、当日の写真もタイムリーで送っていただいて…旭川の愛情をすごく感じましたね」
監督「それは僕も再認しましたね。正直、そんなに連絡をこまめに取っていたわけでもないですし…高校時代には、全く話したことのなかった人達もいて、でもそんなこと関係ない感じで関わってくれました」
「それで、もっと鈴木組の作品が観たいと言っていただいたんですよね」
監督「会場中がすごい熱気に包まれていて。そのとき、期待に応えたいと思ったんです」

――その同級生の方々の熱意がきっかけだったのですね。

監督「はい。みんなとの時間が、本当に『期待に応えたい』っていう思いに変わっていきました」
「帰ってきた監督からいきなり会いたいと言われて(笑)」
監督「そうです!どうしても、その熱気を生で伝えたくて。それから『ある夜のできごと』の上映スタッフTシャツを渡したくて!」
「青いやつですね、ある夜ブルー!」
監督「秦さんと旭川の上映会を振り返っていたのですが、やはり僕の中であの熱気が忘れられなかったんです。本当に大人の学園祭って感じで」
「大人の学園祭。僕はこの響き、とても好きですね。学園祭っていうとシビアな感じがしないのですが仕事も生活もかかってる大人がそこに向き合うというのはとても労力のいることですから」
監督「確かに」
「サラリーマンもされてる監督が一番、分かりますよね?」
監督「確かに(笑)」
「そんなこともあり、本当にその場で『鈴木組、そろそろ次に向いませんか?』と」
監督「言ってましたね(笑)」

――そのとき監督は何て答えたのですか?

監督「もちろん即答で、『いいね、やりましょう!』と言いました」
「いや、でも正直に言うと、まさかあの時は、こんなに大きな話になるとは思ってもいなかったです」
監督「僕もです。次の作品をそろそろ撮りたかったのは事実ですが、大きさがですね…」
「はい、結果的に前作と規模が違ってました(笑)」

――今回の「ホコリと幻想」は、秦秀明さんが所属する演劇ユニットTEAMDDの舞台が原案だと伺ったのですが。

「原案というのは少し大げさなのですが、先程の話にもあった『大人の学園祭』というのが、僕の所属するTEAM DDの「a windy season」という作品の内容と凄くリンクしていたんです。そこで監督に提案したんです。『こういうのありますよ』と」
監督「田舎に残った仲間と、東京に出た一人の男の物語でした」

――まさに「ホコリと幻想」ですね。

「タイトルのwindyは風という意味だけじゃなく「嘘、空虚、口先」という意味もあるみたいで。劇中に「東京に出たから変わったんじゃない。田舎にいるから変わらないんじゃない。東京とか田舎とかじゃなく、地元が必要なんだろ?」「上京してからの十数年、私はずっとこの人と一緒にいるんです。たかが3年間だけしか一緒に居なかった皆さんに言われたくないです」というセリフがありまして」
監督「秦さんから「a windy season」の話を聞いて、実際に脚本を読んだとき、僕の中でその二つのセリフが凄く響きましたね。僕自身が、高校時代まで旭川で過ごし、大学進学を期に上京して、それから今まで東京にいるというのも大きいですが。でも高校時代の三年間って、自分の生きてきた人生の中で、ほんの少しの時間なはずなのに、何であんなに大きいのかなと感じまして」
「僕は生まれも育ちも東京なので、僕の落ち着く地元は世間でいう『窮屈な都会』なんです。それでも僕らには僕らの高校時代があって仲間が居て」
監督「なんだかそれってすごく不思議ですよね」
「高校時代って、同じ場所に当たり前のように沢山の人が集まるのに、関わらないで3年間終わる人も居て、それなのに母校として妙な親近感があって。大人になるとあの時間って奇跡ですよね」
監督「すごくわかります。今回、僕は旭川上映会でそれを再認識して、それは絶対何かにつなげたいと思ったんですよね」
「それは終始伝わってきましたよ(笑)」
監督「とは言っても、いま思い返せばあの時は…なんと言うか、雲をも掴むような話でした」
「本当、いま思えばですけど…夢物語でしたよね」
監督「でも、大真面目でした」
「本気も本気。振り返ると、面白いですね。まあ、いま振り返ってる場合でもないですけど(苦笑)」

――確かに学校にいた“あの時間”だけ、なぜか特別な感じがしますよね。そこから何か、具体的に始めたんですか?

監督「最初にお話しした「ある夜のできごと」の特別上映会をまとめてくれた同級生の武田真理子さんにその話を持ち寄りました。そしたら、その後すぐに武田さんが動いてくださって。まずは関係のありそうなところから紹介をしてくれることになり、後日、再び、旭川に飛ぶことになりました。旭川観光協会、そしてコンベンションビューロの方達と面会をしまして、その時にお会いしたのが、旭川コンベンションビューロ(現:一般社団法人 旭川観光コンベンション協会)の菅原さんという方でした」
「本作では本当に沢山の方にお世話になりましたので、お一人の名前を出すのは心苦しいのですが…、菅原さんって、最初に会った人たちの中にいて、最後まで現場にいた人なんですよね。この三年近くの全ての場面にいましたよね」
監督「そう思うと、最初の出会いって凄いですよね。最初に書いた企画書を片手に、プレゼンをさせていただいて、その時は、正直手応えはありませんでしたが…その菅原さんから『市長との面会の場を用意できそうなので、秦さんと一緒にいらっしゃいませんか?』という連絡が入りまして…」

――市長ですか!?東中野の居酒屋から市長への流れは、ちょっと飛躍しすぎてませんか…(笑)なんだか、とても人に恵まれていたのがわかりますね。

(Photo:枝優花)